心のこもったおもてなしに感謝
マロスティカ市民訪問団長 天童市収入役 仲 島 規 昌

 この度、市長の代理として、姉妹都市提携10周年、そして天童市国際交流協会設立10周年を記念しました、マロスティカ市民訪問団の団長を務めさせていただきました。35名というこれまでにない大人数や、連日のハードスケジュールにもかかわらず、団員皆様方の御協力と意欲的な取り組みにより、大きな成果を収め、全員元気に帰国できましたことを、本当にうれしく思います。 
 2年に一度開催されます人間チェスは、感動の連続でありました。人間将棋とは趣が異なり、盤上でのチェスの勝敗の行方を楽しむというよりも、優雅で華麗な歌劇を鑑賞すると言った方がよいような、誠に格調高いショーでありました。中世の衣装を身にまとった500〜600人の出演者が、現代的なアレンジも加えた演出のもと、2時間以上にわたって演技を続けるのですが、言葉が分らなくとも十分に楽しむことができ、全く時間を感じさせませんでした。  また、人間チェスで忙しい中を、ベルタッツォ市長をはじめ、助役や歴代の市長、関係機関の代表者の方などから、たいへんなご歓迎をいただき、姉妹都市関係を今後ますます発展させていくことを誓い合ってまいりました。
 この度の訪問では、2002年FIFAワールドカップの際の、イタリア代表チームのベースキャンプ誘致も、もう一つの大きな目的でありました。イタリアサッカー協会から、来年、天童市へ視察に訪れたいとの返答をいただき、マロスティカ市からも協力を惜しまない旨の話をいただくなど、十分にその成果が得られたものと考えております。
 最後になりましたが、訪問団の派遣にあたり、たいへんご尽力いただきました天童市国際交流協会、山新観光、日本航空山形支店、そして同行取材をいただきました山形新聞社の各位に対しまして、心よりお礼申し上げあいさつといたします。

市民を中心に一層の交流を
天童市議会議長長 秋葉 忠 

 市議会を代表しまして、この度のマロスティカ訪問団に参加させていただきました。姉妹都市提携10周年、そして天童市国際交流協会の設立10周年という記念すべき年に、この訪問団が企画されましたことは、誠に意義深く、主催者としてご尽力いただきました天童市国際交流協会に対し、まずもって深く敬意を表する次第です。
 さて、私にとりまして、マロスティカ市を訪れましたのは今回が初めてでありました。人口13,000人という小さな町ながら、中世に築かれたお城や城壁、町並みが保存されており、歴史や伝統、文化を大切にするイタリアの国民性を改めて感じさせられました。また、まちの北側には山々が連なり、果樹や穀物の田園風景が続く風景は、山形県とも似ているところが多く、懐かしさを感じ、心落ち着く思いがいたしました。中世のお城での歓迎セレモニーには、人間チェスで忙しい中、ベルタッツォ市長をはじめ、市の代表者の方々が集まってくださいました。山の上のレストランでの歓迎昼食会も含め、品位を保ちながらも形式にこだわらない、イタリア風の歓迎スタイルも、たいへん印象に残っております。
  人間チェスは、実際に見てみると、予想をはるかに越える素晴らしいショーで、中世の時代を今に再現した、野外劇とも言うべき内容でありました。入場料を払ってでも人が集まり、国内外からの観光客が絶えないというのも肯けます。この人間チェスを、できるだけ多くの天童の皆さんに知っていただきたい、見ていただきたいと思います。そして、これを仲立ちとし、市民同士の交流が一層深まることを願わずにはいられません。
  最後に、安全で有意義な訪問団の旅をコーディネートしていただきました、山新観光天童営業所、日本航空山形支店、そして、同行取材で交流を大いにPRいただいた山形新聞社天童支社の皆様方に感謝を申し上げ、あいさつといたします。

イタリア短紀行 1班 笠原 征男

 1 偉大なローマ帝国、中世のルネッサンスの遺跡、文化、芸術等など多くの過去の遺産を礎石とし、これらを最大限に活用し成り立っているイタリア。湿気がない太陽の国、古代文明が花開いたこともうなずける。真にイタリアはヨーロッパの宝石である。   アルプス山脈の麓、人口120,000人の街マロスティカ市。ライトアップされた市庁舎(中世の公主の館)の前庭で繰り広げられる「人間チェス」。内容はわからないものの、地域の歴史、風俗、民謡等市民代表が演じる一大野外劇場(オペラ)、感動の3時間でありました。サクランボ、リンゴなどの果樹地帯であり、フレンドリーな人々、本県と本当に似ているところであり、友好親善が長く続くことを切に願わずにはいられません。
 2 また、世界有数のスポーツイベント2002年FIFAワールドカップのベースキャンプ誘致について、イタリアサッカー協会、日本大使館を訪問、要請し、遠藤市長のイタリア日本大使館への働きかけもあり、来春にも「総合運動公園」を視察する旨の協会の回答を得たことは大きな成果でありました。
  また、日本における「イタリア年」(イタリアの芸術、文化等を紹介する政府行事)が来年の3月から1年間全国各地で行われますが、「人間チェス」も参加できるよう期待するとともに、サッカー強国イタリアのベースキャンプ誘致が実現されることを心から願っております。

イタリア・マロスティカ市人間チェス訪問団派遣 
1班 古瀬 恭平

 初めてのヨーロッパ旅行それも12時間も日本の翼「JAL」に乗れる、乗り物ファンの私にとってはたまらない魅力でもありました。いつまでたっても沈まない夕日を追いかけるように無事ミラノ・マルペンサ空港に着陸したときには、本当にヨーロッパに着いた実感が湧き上がったように思えます。
 ミラノ、ベローナ、ヴィチェンツァの北部文化都市訪問後、マロスティカ市に入りました。中世の面影を残す、落ち着いた都市です。歓迎会等一連の公式行事のあと、お目当ての人間チェスの始まりです。総勢500名を超える出演者で、ものすごい盛り上がり。観衆全員盤上に釘付け状態です。「人間チェス」はストーリー性があり、途中に入る旗投げの妙技が一層宴を引き立たせます。出演している地元の市民は本当にきらきら輝いており、まさに役になりきっている状態です。「人間チェス」自体はほんの15分程度、最後にお城の上からのナイアガラ花火で、閉幕しました。本市の「人間将棋」は、全国的にも名だたるイベントとして有名ですが、「人間チェス」は全国紙等で報道された様子はなく、あれだけのスケールでもそれほど有名とは思えません。しかしながら、学ぶ点は多いにあり、もっと魅力ある「人間将棋」を企画できるのでは、と思います。
 2年に1回それもたった3日間だけの企画ですが、機会があれば、これからも数多くの会員、市民の方々に是非ご覧になっていただきたいと思っております

まさに真夏の夜の夢 1班 齋 藤 強

  このたびイタリア・マロスティカ市の人間チェスを見る機会を得、大変幸運に思っている。祭典は中世・ルネサンスの時代に迷い込んだような、まさに真夏の夜の夢であった。
 浅学で甚だ恐縮なのだが、私はこの夢の祭典を人間将棋と同様に野外で行われるチェスの試合とばかり思っていた。やはり百聞は一見に如かずである。祭典を告げるファンファーレと共に、数百名の登場人物が次々と目にも艶やかな中世の装束で現れ、道化の先導のもと大道芸、舞踊を繰り広げ、やがてチェスの試合となるのである。しかも、それは由緒ある石造りの旧市庁舎の広場で繰り広げられるのだから、これ以上の雰囲気はないだろう。我天童の人間将棋と比べ落胆する人もいたが、お互い文化が違うのだからそういうものではないだろう。いたずらに真似ることなく、将棋という取った駒をもう一度使えるという世界でも稀な日本文化の特性を活かした、独自なものを作っていくべき、と思った次第である。桜の花、石垣、お茶、武士の装束、寺の鐘の音などなど活かせるものはたくさんあるように思うのだが。ただし将棋盤などはもう少し上等な石造りのほうが良いかもしれない。

初めてのヨーロッパ 2班 仲野 隆一   

生まれて初めてヨーロッパを訪問し、率直に感じたことをお話したいと思います。映像で見るヨーロッパと目で見るヨーロッパでは、石の文化の違いだろうと思います。最初に見た教会が、完成まで450年以上も時間を要したし、それ以上に古代ローマの遺跡(アリーナ)がBC3世紀に造られたにもかかわらず、現存しているということは、日本の木の文化では考えられないことです。ただし日本が明治以来西洋に追いつき追い越せといわれて久しくなりますが、私は完全に追い越していると思います。ベネチアの運河がどぶ臭い。それは今でも汚水を垂れ流していることです。(フランスのセーヌ河には18世紀汚水を垂れ流しにしてペストが流行し下水道の整備が進み香水が発達した歴史があります)また今でも有鉛ガソリンを使っており(日本では昭和48年より使用禁止となっております)、日本は環境問題では、先進国だと思います。日本人は大いに自信を持って世界をリードしていかなければならないと思います。最後に旅行期間中は大変暑く、次は寒い時期に再度訪問したいと思います。

マロスティカ市訪問団に参加して 
2
班 村山 順一

 マロスティカ市と姉妹都市提携10周年、市国際交流協会設立10周年と2000年のミレニアムの記念すべき年の旅に参加させていただいた。本命のマロスティカ市人間チェス、一大絵巻物を紐解くような情景に心から酔いしれ感動に突き上げられた。人間チェスの由来が演じられ、見る人をその時代に引き入れ、共に生きている喜び、悲しみとのドラマであった。
  観衆も一体となって楽しんでおり、その時、人間将棋もドラマ仕立ては難しいとしても、観客が足を止め観戦する工夫の必要性を痛感させられた。例えば全体は通常の駒構成で、勝負は詰め将棋(複数準備)とし、時間は10分くらいとし、観客には棋譜を手渡し、対局者等を印刷して記念に残るようにするとか。観光客を動員できる配慮をしたらとの感じを強くした。
  ローマ市内観光は、若き学生時代に観た、異文化を背景としたローマの休日、ベンハー、暴君ネロ、トロイの木馬など、走馬灯のようによぎり、その現地に立ち、松風を聞き、すばららしい遺産を保存するという国民性に敬服する旅でもありました。有難う!

今回の訪問に参加して 2班 水戸部 秀一

 1.マロスティカの市長さんはじめ市民一同の歓待を受け感激した。特に市長さんは「人間チェス」開催で多忙の中、長時間我々一同につきっきりで接待され、また「人間チェス」終了後、深夜にもかかわらず、帰りのバス乗り場まで見送ってくださった。同市主催の夕食会は、古城を改装した山の上の見晴らしの良い、すばらしいレストランで懇談の時間を充分にとって頂いた。ワールドカップベースキャンプのイタリアチーム天童誘致についても深い理解を示され、天童市との友好関係を大切に考えて頂いたものと感謝にたえない。人間チェスは想像を超えた大規模なもので、「チェスの競技」そのものは2時間半に及ぶショーの中の30分位、その前後は大舞台を使った人と馬による中世マロスティカの歴史絵巻ショーである。
 数々の演技の中で、一般市民の姿も大勢見られ、老いも若きも幼い子供たちまで豪華な衣装で出場、大観客と共に市民参加者も楽しんでいた。大きな城跡をフルに使っての、演出も凝っていて、音響・照明効果も抜群、ドラマの進行に合わせた抑揚のある音声も、言葉はわからないがバックミュージックのようで楽しい。マロスティカでなくてはできない歴史の重みを感じるビッグイベントであった。天童の人間将棋も神話や歴史絵巻を織り込んだショーの演出を加えれば面白いのではないかと思った。
  2 今回の旅行を通してイタリアの歴史遺産の巨大さに圧倒される思いがした。本やテレビでなじみの遺跡も現場を見てこんなにすごいものかと改めて驚いた。特にコロッセオについては古代ローマの権力と技術が集約されている感じがした。

  イタリアを訪ねて 2班 柴田 重兵衛

 ミラノに降り立ったとき、あたり風景の緑の深さ豊かさが特に目立ちました。地中海性気候、夏乾冬湿が頭にあった私には、軽い驚きでした。畑は良く耕され、トウモロコシやブドウが丁寧に手入れされている状況がわかりました。この国の農業面からの人口包容力をみた思いでした。
  プラタナスの街路樹がよく繁り、それに道路にも街角にも、街を流れる河にも空き缶やビニールなどのゴミを見ることができません。今まで見たどの外国の街よりも清潔さを感じました。街中どこへ行っても遺跡があり、それを大切に保存されていて、この国の民度の高さなのでしょうか。街並みは中世の落ち着いた雰囲気そのまま、住居も外観はすべて石造り、何百年たってもビクともしません。  聞けば所得は日本の半分くらいとか。それでもマイホーム建設のためローン返済に追われることはないし、老後のため貯金することはないし、働いただけ全部使えるとすれば思ったより豊かなのかもしれません。服装は実にさっぱりしていて、結構オシャレ、日々の生活をのんびり楽しんでいるようで笑顔が明るい。一般家庭の生活、とりわけ食事の様子をみることができず心残りでした。
  60年ほど前、日本軍国主義は、イタリア・ドイツとともに三国同盟を結び、連合国側と第二次世界大戦を戦いました。当時、日本が国際的に全くの孤立状態の中で、仲間になってくれた貴重な存在でした。当時軍国少年だった私は、心強いものを感じ、イタリアにこよなく親近感を持ったものでした。これからは、かつてのファシズム国家同士から、真の民主的市民国家へ生まれかわり、目標を高く掲げ、世界平和のために国際貢献できるよう両国が手を携えて努力しなければならないと思います。このたびの私達の交流が、そのためのかけ橋として少しでも役立てば嬉しいと思います。(人間チェスやイタリア見聞録は皆さんが執筆されると思い割愛しました。)

マロスティカの国がら、食がら 2班 森川 清志

 9月9日(土)11時頃に旧市役所であった古城内の一室で、マロスティカ市長アルチーデ・ベルタッツオ氏はじめマロスティカ市の幹部や前市長、元市長など10数名の紹介があり、記念品の交換や土産品の公開などが通訳(山形西高出身のイタリア帰化夫人)を介して行われた。これがあまりにも簡略的で質素なセレモニーである。雰囲気としてはまるで埋蔵文化財の見学のようであり、招かざる客か、はたまた押しかけ客のような接待に遭遇したような気がする。
  一段と高い壇上に座したのはマロスティカ市の幹部達で、当方は団長(仲島収入役)一人だけで他の30数名は木製の長椅子でクッションもない板上に腰かけさせられ、前机もなく土間に手持ち物を置くしかなかった。もちろん、飲み物、茶菓子などあろうはずもない。したがって国旗、天童市の旗、歓迎の横断幕や音曲もなくしかも暗い土間の部屋であった。マロスティカ市からの記念品も巾着入りのバッチただ一個であった。セレモニーまでの待ち時間も30分以上あったような気がする。人間チェスの広場で写真を撮ったり雑談して時間を費やした。その間、何時からどこで始めるのかとの案内もなく「何か変だぞ」と思った。9000km彼方から訪ねてきた姉妹兄弟分とは思っていないようだ。お手洗いの案内もなく探しあてるのに難儀する。
  同じ姉妹都市でもニュージーランド(マールボロウ市)では市長が出迎え一人一人に握手し記念品を贈ってくれて、ワインや冷水、つまみまで準備してくれたのと大違いであった。歓迎夕食会は中止になったりしたが、昼食会はそれらしきものであった。
  カンツォーネ付きの夕食会は空振りに終わった。しかし夜間に行われた人間チェスのショーはすばらしいもので、十分に魅了させられた。  非常に辛口の感想で恐縮ですが、率直に書きました。これからの接待接客の方式はその国の作法でやるので冷めた見方で考えればそれまでのことである。 

イタリア、マロスティカ市人間チェス参観 
3班 庄司 浩助

 今回の訪問は団体行動でしたので、道中の出来事は皆様と同じです。私なりに感じたことを書かせていただきます。  まず、出発前にも、また現地でも毎回のように注意されたスリ、置き引き、泥棒を職業に優雅に生活しているジプシーの方にはお会いもせず、盗難の被害も無く快適な旅行でした。  人間チェスは、チェスのできない私をはじめ、わからないので退屈なときはバスの中で仮眠でもしようなどと思っておりましたが、約3時間の間、退屈どころか中世の世界に引きずり込まれたような感激でした。すばらしい出し物、市民と思われる多数の出演者、厳粛な中にもユーモアがあり、5千人の観衆を、途中退席させないほど魅了したすばらしい時間でした。ショーが終了したあとも、出演者が観覧者と一緒に写真を撮ったり和やかに話したり、ラテン的な明るく陽気でたくましいイタリア北部の皆さんでした。  遺跡の数、戦利品、奴隷を使っての途方もない城や城壁、建築物や工芸品などがあり、道路の小石までもが歴史を語っているようでした。長い歴史、宗教、民族そして風土が異なる天童市の人間将棋と比較すべきではないと思いつつ考えてしまいました。
  遺跡はつくれませんが、祭りはつくれます。宗教的な制約のない自由な発想でできる「桜まつり」「夏まつり」です。市民が主演し、自由参加の祭り、企画、準備、参加、終了後の掃除まで市民が主役で裏方で、参加する人、参観する人共々が楽しめる祭りができたらいいな、などと途方もないことを空想いたしておりました。?    天童の桜まつり、夏まつりは古来からの行事をそのまま行う必要のない祭りです。天童市観光物産協会としても、市民の皆様をはじめ多くの方より参加を募り、新しい演出などを募集し、年月がかかろうとも前向きに取り組んでいくことが今後の課題といえます。

姉妹都市マロスティカ訪問団に参加して 
3班 庄司 桂子

 マロスティカ市訪問は、主人から話がでて、すぐにOKをだして参加させてもらいました。
  長い道のりでミラノに着き、旅行が始まる。交流事業は、ますマロスティカ市長はじめ助役のお互いの紹介、記念品の交換等のセレモニーでスタート。マ市の助役さんが市内および近隣町まで同行してくださる。昼食がまた3時間におよび、交流会がなごやかに進む。いよいよ9時より人間チェスの始まり。野外オペラを見ているようでほんとうにすばらしく、遠くから来て満足の極み。構成、運びがよく、天童の人間将棋がちょっと気になる。
  主婦の立場から見ればイタリア女性はバイタリティーがある。私たちと感じが似ているところは家族のことを考えているところ、特にお年寄りを大事にしているのが随所に見られ何か親近感がわいてきた。観光は、ミラノ、ベネチア、ローマとちょっときつい日程だったが、さすがに「すべての道はローマに続く」と言われるとおり、街中が美術館のようである。機会があれば「ナポリを見てから死ね」とうたわれる南地方をめぐりたいと願いを新たにした。コンダクターの皆様方にはほんとうに親切にしていただき、GRAZIE!

感じたこと 3班 佐藤 雅之・親子

  欧州旅行にはかねてから行ってみたいと思っていたので、人間チェスの姉妹都市マロスティカ市訪問に、締切の二日前に急に夫婦で申し込み参加いたしました。往復の機中泊は「妻は大丈夫かな」と案じていたのですが、旅行期間を通して何事もなく元気で帰国でき安心しました。今回のマロスティカ市訪問でマロスティカ市長の歓迎式、交流会に感謝し、人間チェスの華麗さ、演出のすばらしさに感動させられました。一方で一度は行って見たいと思っていた古代ローマ帝国の遺跡の数々、ミラノ、べネチア、ローマ、バチカン市国をめぐり、土地柄、建築、彫刻、壁画等に接し、昔日はどうだったのか見てみたい衝動にかきたてられて参りました。

加藤支店長さんありがとう 
3班 船山 靖彦・けい子

 イタリア旅行の詳細を、デジタルビデオで6時間も撮ってきて、もう一度旅行している気分で、再生して楽しんでいます。
 1 イタリア人は家の中や中庭は非常にきれいにしますが、ゴミを家の外にポイ捨てしても全然気にしない。 
2 社会保障制度が発達していて、医療費はタダですが、医師資格教育が適当で、腕前は不安。 
3 家族はすごく大事にするが、会社に対する貢献意識は低く、名刺は持たない。持っていても会社の名前は入れず、会計士とか、秘書とかの資格を記入している。
 4 イタリアで成功するには、サッカーの選手になるか、F1の選手か、めぐまれたオペラ歌手か、タレントとして成功するかだ。 以上は、ビデオに入っているJALの加藤支店さんの音声の一部です。イタリア赴任中の豊富な経験での説明はわかりやすく、短い期間の旅行に深みを与え、より一層イタリアのことを教えてくれたと思います。本当にありがとうございました。

炎の弓矢でスタートの人間チェス 4班 白鳥 功

 城の上から、広場の人間チェス盤めがけて炎の弓矢が2本「シュルルッパ」。ファンファーレが響き人間チェス盤の四面が炎に包まれ、人間チェスの開会です。大感動の人間チェスショーのスタート、私達の人間将棋もこのスケールと迫力で演出して「すばらしい」の一言をお客様に言わせることができるかなとまず思う。民族衣装に身をまとい中世の貴族に扮した市民、世界平和、非暴力、ロマンと希望が目的と、訴えるものがあるから市民総参加型の大イベントが出来るのだろうか。古いものを大切に、又誇りをもって引き継いできていると感じる。どちらかといえばアメリカ的な日本とは対照的で大違い、本物の文化の違いを感じた。  学生当時に来童したロレンツォ君と当事助役のロベルト・クサウザ氏は、観光協会長のフィリップ氏へどんな報告をしたのだろうか。13年前にマロスティカ市を訪問したことのある私は、ふとそんな思いがよぎった。
  私の仕事である住宅の雑誌、「山形の家づくり」の本を建築家であるロベルト氏に個人的にプレゼントして大変喜ばれた。

あこがれのマロスティカ 4班 伊藤 和子

 数年前にマロスティカは、「いいところだ」と前回訪問経験者からお聞きしており、機会があればぜひ訪問したいと思っていました。今回人間チェスの観賞もあると聞き、参加させていただきました。ミラノから始まり、ロミオとジュリエットのベローナ、ここは日本でいうと京都とか、14世紀は日本の室町時代。リズミカルなガイドの元気な声が耳に残っています。 
  いよいよマロスティカへ、ブドウ畑を両サイドに見ながら進むと、車窓から、紺碧の空の下、小高い山頂におとぎの国のような、城壁に囲まれた古城が見えてきました。その時は強行日程による旅の疲れも一瞬忘れる思いでした。マロスティカ市の市長さんをはじめ、役職の方とのセレモニーも和やかに終わり、市主催の歓迎昼食会ははお国柄なのでしょうか。長時間の接待をいただき、十二分にごちそうになりました。中世の民族衣装を身にまとった市民と記念写真を撮ったりして、人間チェスの開幕を待ちました。会場に行くと、昼に見たスタンドは観光客でびっしりと埋め尽くされ、晧々たる月光の下で人間チェスの始まりです。古城より、火の矢が飛んで一瞬大きなチェス盤全体が炎で囲まれました。前回の訪問者よりこの炎が印象的だったと聞いていたが納得!!ファンファーレに続いて妖精のような娘達のダンスに始まり、中世の華麗な衣装、髪飾りなどで身を包んだ市民達の行進には、歓声と手が痛くなるほどの拍手をしていました。オリンピックの開会式以上!! 「なるほど、歴史絵巻だー」
  できるるならぜひ天童に来て市民に披露してほしいと思います。無理なら一部始終をビデオに撮って市民に見てもらうのもいいでしょう。日本でならば人間チェスに便乗してお土産品などもたくさん出回るでしょうが、何も売ってはいませんでした。満足感でこの夜のベッドインは午前2時でした。   水の都ベネチア、古代ローマ帝国のすばらしい様々な遺跡の前では、私の小さなカメラには収まりきれませんでした。「ローマは一日にしてならず」もう1度ゆっくり訪れてみたいイタリアでした。

マロスティカ市を訪問して 
4班 柏倉 吉徳・亘子

 市役所の方々に見送られ、天童市の姉妹都市イタリア・マロスティカ市へ8日間の旅にでた。成田から12時間の空の旅。日の暮れない機内で、食事と睡眠で時間を過ごす長い旅でした。  ミラノ空港に到着して始めて見たイタリアは、空が青く広い土地、まわりの建物も中世の面影をよく残し大変感動しました。
  マロスティカ市の人間チェス会場は城の中とは思えない大変広々とした空間で、夜9時に始まった人間チェスは、さまざまな曲芸や大花火、中世の美しい衣装を着た人々、生きた馬まで出てきて、松明に照らされた様子はさながら中世へタイムスリップしたようでした。大変に凝った演出であっという間の3時間でした。イタリア国内はもちろん外国からも大勢の観光客が訪れるというのも納得がいきます。  大変有意義な旅をありがとうございました。

マロスティカ市訪問団に参加して 
4班 熊谷 俊美・あき子

 バスの中から見たチェスの会場はおとぎの国を思わせるステキな所でした。城内にて市長さん助役さんたちの温かい歓迎を受けたこと、感謝申し上げます。人間チェスは日が没してから始まりましたが、すばらしい華麗な衣装に、また迫力ある演技に驚きました。平和、非暴力、そして将来への希望を表しているとのこと。チェスのやり方がわからない私達でも一所懸命な演技と、やさしく「よくいらっしゃいました」というまなざしに涙が潤むほど感動しました。
  ミラノ、ベネチア、ローマと見学し、美しい荘厳な建物、壁画、天上画、彫刻とすばらしい物をこの目で生で見られたことがとてもうれしいです。見上げれば窓辺には美しい花が咲き乱れ、歴史と文化を大事に守り継ぐ姿勢が感動を与え、各国からの観光客で賑わうのでしょう。心和むお国柄に魅力を感じました。このたびは、市役所の方々らのお見送りや出迎えを受けましたことと、旅行中いろいろとお世話いただきまして、無事帰れたことにお礼申しあげます。ありがとうございました。

姉妹都市イタリア・マロスティカ訪問の旅 
5班 滝口 圭也

 成田空港を7日昼出発して片道距離10,000kmの国イタリア、マロスティカ市に着いたのは、ミラノ市内を観光した後の9日午前中であった。姉妹都市提携の交流会は、人間チェスが行われる広場の中の元市役所でもあった会場で行われた。マロスティカ市長ほか担当の助役数人も出席し、終始和やかで有意義な交流会でした。交流会終了後には、山頂の(城跡)レストランで歓迎昼食会を行い、更に交流の輪を深め、夜の人間チェスを待つことになりました。
  会場では、サイド最前列に特別席が設けられ、目の前で観ることができました。人間チェスでの演技はすばらしいの一言。誰かが「ああ、このショーを見ただけで旅行費用に値する」と歓喜をあげておりました。世界各国からの観光客がこのイベントに来ているのもうなずけます。
  イタリアでの旅はまず古代遺跡の見学から。本当に文化、文明の発祥の地を思わせる数々でした。またそれらの建築物と共生して今もなお生活していることを聞き、感銘させられました。ミラノ、ベネチア、ローマなどを観光するには、3、4日の短期間でできるものではありません。機会があったら何度でも行きたい国です。

古都に息づく生活の匂い 5班 石山 憲司

 マロスティカ市に招待された昼食会は、山の上の古城にあるレストランだった。眼下に市内を一望する高所にあり、この日ここで2組の結婚式もあったようだ。正餐とのことでネクタイ着用での食事である。たいしたご馳走とも思えないが、次の皿がくるまで随分間延びした食事という印象。  日本人は途中何回か席をはずし、外に出てタバコを吸った。給仕が酌するわけでもなく水とワインをてんでに飲みながら、ダラダラ閑散とした食事会は約3時間で終わる。
  夜まで時間つぶしに、近くのマチにバスで遊びに出かけた。人口6万人もどの賑やかなマチである。名所の屋根のある橋のたもとで名物の「グラッパ」とかいう40度もある西洋焼酎を買った人、広場でゆっくり一服する人など自由時間を楽しんだ。  夜、スパゲティ、ワイン、パンなどの軽食を接待され、人間チェスの会場に案内された。人間チェスは定刻に開会、観覧席の完ぺきな運営、整然たる様子には本当に感激した。人馬一体ととなった演出、華麗なコスチューム、出演者数の多さ、絶え間ない演技は、まさに目を奪われるものがあった。旗を用いた演技が多く、これは多少冗漫だが、最後の行進にわずか13,000人市民がこれほどの大デレゲーションをできるものかと感激あたわざるものがあった。パレードで眼を合わせた少女のなんとも可愛い瞳が忘れられない。サーカス的な演出も、最後の花火や、会場の音響、照明の効果など、寒さを忘れる楽しさであった。深夜、市長ほかの皆さんに見送られてバスの人となった。
  その他の観光、ミラノのスカラ座、特に古都ベローナの印象、ベネチアのゴンドラ、ローマのコロシアムやヴァチカン市国の見学など、歩いた、歩いた、疲れたけどよかった。

マロスティカ市訪問団に参加して 
5班 東海林 喜久子

 訪問先への期待と言葉の不安などが頭に浮かび眠れない旅が始まった。ミラノ市内観光で時計塔が印象的なスフォルツェスコ城、ミケランジェロが死の前日まで手探りで彫ったロダニーニのピエタは、すごいものでした。スカラ座、エマヌエレ2世アーケードを通りゴシック式教会ドゥオーモを見学、ヴィチェンツァへ行く途中ベローナへ立ち寄り、ロミオとジュリエットの話が実在したことを初めて知りました。  マロスティカ市では旧市庁舎の古城で歓迎セレモニーがあり、ベルタッツォ市長より歓迎の言葉と各担当助役、歴代の市長らの紹介があり交流会となりました。あいにく言葉が通じないので話ができないのが残念でした。でも、人間チェスはとてもすばらしいものでした。催しは、3時間という時間を感じさせないストーリーと、市民の情熱と歴史を感じました。出迎えと最後の見送りまでしていただいた市長さん、助役さんには頭の下がる思いでした。ハードスケジュールで大変でしたが、参加してとてもよかったと思いました。

訪問団に参加して 5班 植松 美枝子

 ただ漠然とした「イタリアに行ってみたい!」これが私の訪問団に参加する理由でした。予備知識がなく「人間チェスも人間将棋も大差ないだろう」と想像していました。しかし、小高い山に続く城壁と時計台に囲まれたチェス会場を見た時、その背景のすばらしさに感激し、本格的な造りの仮設スタンドに驚かされました。夜になり開幕してみれば、中世の衣装をまとった、数えきれないほどの出演者の人数。そして花火で閉めくられるまでの間、想像を超えるスケールと迫力の内容でアッという間に時間が過ぎてしまいました。見終った時、「ああ、来て良かった」と満足感でいっぱいでした。会場を出るときに出会った少女達に「駒の根付」をプレゼントしましたが、その時の笑顔が思い出されます。こんな交流しかできませんでしたが、マロスティカ市の皆さんの温かい心遣いが感じられる思い出深い旅でした。「ローマ2000年の休日」を体験できたことに感謝しております。ありがとうございました。

懐かしい人々との再会に感激 5班 今田 晃

 9日(土)の朝、いよいよマロスティカに入りました。人間チェスの会場となるカステッロ広場に到着し、お城での歓迎セレモニーを待っていると、ベルタッツォ市長をはじめ、出席者が三々五々集まってきました。その中には、姉妹都市調印時のフランチェスケッティ市長、べにばな国体で来童したボノット市長、市制施行40周年記念式典に出席したザンフォルリン市長と、天童ゆかりの歴代の市長も含まれていました。握手をし、再会を喜び合うと、いろんな思い出もよみがえってきて、感激で胸がいっぱいになりました。城での歓迎セレモニーは、席はほとんど自由で、進行も成り行きまかせに近い感じ。あまり形式にはとらわれない、イタリアらしい歓迎会でした。
 その後、山の上の城を改装したレストランで歓迎昼食会。今後の姉妹都市交流について、マロスティカ市やプロ・マロスティカの人たちと話をしました。勉強しているイタリア語も少しは通じましたが、相手が調子に乗って早口になったり、難しい話になったりすると、もうお手上げ状態。仕方なく、お互い片言の英語を使ったり、通訳(鈴木美果さん、ありがとうございました)を介したりしてコミュニケーションを図りました。言葉の壁を痛感。今度会うときは、もっとイタリア語でしゃべれるようにしたいと思います。

マロスティカ訪問団に参加して 6班 佐藤孝一

 ミラノ、ベローナ、ベネチア、ローマと現地5泊の日程にしては、たくさんのところを見学してきました。  全体に感じたことですが、どの街に行っても歴史が感じられると言うことでした。建造物などは200〜300年前の建物などはまだ新しいほうで500年前やそれ以前の建物も多数あり、しかもそういうところに現在でも人々が住んでいることに驚きました。日本の木造の建築物では到底考えられない話です。住居の問題とも関係してくると思いますが、べネチアへの移動のときは日曜日だった訳ですが、道中たくさんのキャンピングカーを見かけ、生活の水準が豊かなように感じました。
  マロスティカでは多くの関係者の歓迎を受け、その後の昼食会は、見晴らしの良い山城跡のレストランに場所を移して行われました。そこでワールドカップキャンプ地誘致のビデオを見て、誘致に協力をしてくれると約束をいただき、すばらしいことだと感じました。マロスティカにも創立100年を超えるサッカーのクラブチームがあるそうですが、モンティディオ山形の選手達との交流など、もっと民間での姉妹都市交流を進めていけばと感じました。
  人間チェスはまるで芝居の舞台やオペラを見ているかのような歴史絵巻で、その一部分に人間チェスが組み込まれているというものでした。周りの建物やお城が醸し出す雰囲気はまさしく中世にタイムスリップしたかのようでした。祭りにきちっとした物語があるので、見ている人たちにも訴えるものがあるのだと思います。そして祭りに参加していた人達の誇らしげな笑顔は、自分の町を本当に大好きなんだと感じました。天童のまつりも街全体で創り上げるものにしなければと思います。
  あっという間の6日間でした。また機会があれば是非訪れてみたいと思います。

イタリア・マロスティカ市訪問団に参加して 
6班 阿部 孝志

 初めての海外旅行でしたので、不安と期待が入り交じった中での出発でした。飛行機の中の12時間がとても長く感じました。
  ―石畳とゴシック建築のヨーロッパ―
最初に着いたミラノの街で目に入った石畳とゴシック建築、ヨーロッパに来たという実感がわき、これから始まるイタリアの旅に胸が高鳴りました。
―感動の人間チェス― 
 マロスティカ市は、大変静かな街という印象でした。丘の上にある古城や人間チェスの会場には、歴史を感じさせる趣があり、古い建物が人々の生活に溶け込んでいる感じがしました。  夜の9時に開会する人間チェスは、中世の衣装を身に着けた大勢の市民が出演。次々に繰り広げられる踊りや旗を使った演技、クライマックスの人間チェスと、音楽と光を上手く使った演出はオペラをみているようでした。  照りつける太陽とルネッサンスの香り、見る人を圧倒する建物と壁画、彫刻の数々など、もう一度ゆっくりと見てみたいものです。Arrivederci ITALIA 

また行きたいイタリア 6班 佐々木 裕孝

 今回、天童市のイタリア訪問団の一員として渡航。その結果、国民皆が世界に誇れるまちづくりに取り組んでいることを学ぶことができました。関係者の皆様方に対してあらためて感謝申しあげます。  さて最初に人間チェスの印象を述べますと、中世の古城に時計台、ここで市民が総出ですばらしい演技、これに観光客の熱気が加わってそれは壮大なオペラを見たよう。また現地の市長さんが「平和と非暴力を世界に訴えるために開いている」とわずか1万2千人のマチのトップとは思えないお言葉。
  次にローマとミラノ、ベネチアなどの各都市。それは全くの期待通りで、マチ全体が世界遺産という感じ。工事をしていても遺跡が見つかれば事業を中断するという考え方に敬服。これは日本でも大いに見習いたい。心残りはヴァチカン市国に行けなかったこと。(ワールドカップサッカー誘致の方の取材のためヴァチカン市国見学とは別行動)また、ダ・ビンチの作品を見られなかったこと。再度挑戦と心に誓っている。

また行きます! 6班 村山 直里

 必ず、もう一度行かなくてはという思いが強くある。  最大の目的であった“人間チェス”を見ることができたことは本当に良かったし、このような機会がなければできない経験をしたと思う。ただ、地元の方々ともっと交流をもてたらよかったのに…残念である。そして体調を崩してしまいローマ観光をすることができなかった私は、ホテルライフを満喫する(?)はめに。  いざ、リベンジ!! 待っててネ。イタリア!!

マロスティカ近辺の不動産情報について 
6班 山口 賢一

 マロスティカ市の隣町、バッサノの商店街に不動産業者の店舗があり、不動産情報誌があったのでいただいてきた。
  写真や絵と間取り図から見るとほとんど共同住宅となっており、一戸建てはあまりなかった。価格は2LDKで1200万円程度、3LDKで1500万円程度のものが多かった。  ガイドの話によれば陸続きのため外からの侵略の歴史があり、治安も悪いため共同で自分達の財産を守る必要があるとのこと。レンガや石造りの建物で古いものが多く、暖炉はあるが、厚くても湿気がないのでエアコンはほとんどの家で使っていない。
  日本と異なり土地価格はほとんどなく、建物価格(場所的価値を含む)での売買が行われているとのことであった。外見は古いが建物の内部は手入れが行き届いており、大変きれいな家が多く、何代も大切に使っているようである。日本人ももっと建物を大事に長く使うように心掛けたいものである。

思いを新たに 6班 横山 典子  

 私がまだ中学生だった頃、イタリアのマロスティカからホームステイにきた男性がいました。私は、習いたての英語と、辞書を使って一生懸命彼と話をしたことを覚えています。そんなこともあってか、また父親の影響か、私は以前からイタリアに行きたいと心から思っていました。そんな願いを、今回の旅行でかなえることができたことをとても嬉しく思っています。
  残念ながらマロスティカでは、彼と再会することはできませんでしたが、なかなか見ることのできない「人間チェス」を間近で見ることができました。中世の衣装を着た人々がいろんな形で登場し、子供たちからお年寄りまで幅広く参加していたことはとてもすばらしいことだと感動しました。
  姉妹都市の他、ミラノ、ベローナ、ベネチア、ローマとまわり、それぞれの都市で歴史や建物、芸術に触れる事ができ、歴史上の人物やそれを作り上げた人々に深く感動しました。一方で私は自分のあまりの知識の無さに情けなくなり、歴史的背景や人物についてもっと理解していれば、また違った楽しみ方ができるのだろうと思い、今までの無知な自分をとても反省しました。
  振り返ってみるととてもハードな旅行でしたが、美しいイタリアでたくさんの方々にお世話になりながら、見聞を深めることができ、市民訪問団として参加したことは私にとって思い出深いものとなりました。絶対またイタリアいくぞー!!

編集後記

そもそも将棋とチェスのはじまりは紀元前300年頃インドではじまったチャトランガというゲームであるという。西洋に渡りチェスとなり、アジアを通り日本に渡り将棋となった。ルールや形はいろいろな文化の洗礼を受け、大幅に違っているが、もともとは同じゲームである。「東西に分化したゲームを姉妹都市という友情で融合しよう」そんな神のご配慮、はたまたいたずらなのか。世界中で天童とマロスティカ市だけが人間を駒に見立ててゲームや祭りを行っているのだ。(世界中で他には絶対ないと確認したわけでない、もしやっているところがあれば今すぐ姉妹都市を考えなくては!?)
 感想は十人十色だが「人間チェス」の素晴らしさは異口同音。なにしろ訪問団員レポートには「すばらしい」が18回でてくる。(数えたのはパソコン)それはきっと「市民が誇りを持って祭りを行っているから」に違いない。その点は絶対に見習うべきことである。私たちもマロスティカ市民に誇れるような「人間将棋」を育てていこう。