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「臨戦体制の中で」

■会員 森光雅一さん

9月11日、私用にてロスに向かう飛行機に搭乗し、今回の事件に遭遇する事になった訳です。
 到着予定の4時間程前にC/A(客室乗務員)の方が耳元で「アメリカで同時に11機から8機がハイジャックされて、当機はバンクーバー(YVR)に向かうのですが、サテライトを使って情報をお願いします」と頼まれました。日本時間午前3時、5時、8時半。妻と友人からの情報は「世界貿易センターとペンタゴンが攻撃され、世界貿易センタービルの両棟は崩壊した。B767が突っ込んだ。ホワイトハウスとエアフォースワン(大統領専用機)も攻撃対象になっている」耳を疑ったし、信じませんでした。事実であれば、内乱が起こったか、戦争が起こったのかと考えました。機長報告は「当機は都合によりYVRに向かう」のみ。この場合は大正解な対応。事情を知らされた米国人は限られた情報の中で、母国を思い、涙しているのです。YVRに着陸し、窓の外を見ると避難してきた飛行機が数珠つなぎ。着陸後ドアが開くまで8時間。空港は戒厳令下。重装備の警官の機内検査終了まで1時間。自動小銃を持った警官が並ぶ中を歩いて入国審査。私はレンタカーの予約確認書まで提示させられ、北米は完全な臨戦体制である事がわかりました。後日判明したYVRへの避難機総数125機。空港を脱出するときに捜し求めた号外の1面見出しは「戦慄」。三面世界貿易センターが崩壊する連続写真のタイトルは「2度目の真珠湾攻撃」。声を失って黙々と読み続ける。避難先で初めて目にするテレビの光景には言葉を失い「これでは当分帰国できない。では帰国までの自分の管理をどうするか」が最大の課題となりました。ABC、CNN、NBCのニュースを持ち寄ってビジネスマンが情報を交換するのですが、米国の統治下に入り情報には限度があるようになりました。そして誰も信じなかった情報が、日本政府が救援機を派遣する話。9月12日は往復6時間かけて空港まで荷物を取りに行ったのですが、C/Aはいつ出発できるかわからないので制服のままの体制でした。13日の朝、航空会社のスタッフが「陸路36時間かけて皆さんを救出に来ました。帰りのフライトは救援機となります。食事は簡単なサンドウイッチだけです」これにはうれしくて泣けました。空港へ移動。滑走路まで並んだ飛行機を順に動かすので、我々の番が来るまで安全な近くのモールで待機。若い子はケーキを買い込んだり、おすしを買ったりしていましたが、私達は無事に日本へ帰れる保証はないと思い、まず水とフランスパン、C/Aはバナナを用意しました。12時間待機後、空港でペットボトルの水をボランティアから受けるのですが、飛びつくのはここでもビジネスマンだけ。成田空港早朝濃霧の中を緊急着陸。C/Aに「よくこのような中を着陸したね」と尋ねたら「機長が自分のすべての能力を持ってどんなことをしても着陸すると言ってました」涙がぽろり。仮眠後のホテルの朝食での若い子の話。「さっきニュースで見て初めてわかった」平和な国日本。災害時以外の緊急に一番弱い日本。しっかりしろ日本。


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