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土曜・日曜サスペンス「スタッフは見た」
人間将棋に秘められた意外な過去そして舞台裏!

 

 

雨降り日記の巻

 
 思えば人間将棋の歴史は雨との戦いといっても過言ではない。人間将棋には魔物が住んでいる(とは誰も言ってないが)。毎年この時期は雨にたたられる。満開の桜の元で行いたいという関係者やスタッフの願いもむなしく桜が散ってしまったり、まだ咲かなかったりとなかなか満開の桜にであえない。それでも、せめて雨が降らなければという祈りにも似た気持ちで当日をむかえる。
 そして、初日、快晴とまではいえないまでも、なんとか舞鶴山会場で行うことができた。翌日2日目の朝は雨模様。雨男と呼ばれて50数年の天童市K課Y課長に苦渋の表情が浮かぶ。(余談であるが、彼がいる時のイベントは、ほんとうに雨が多い)11時舞鶴山での決行を決定。踊り子さんたちには、せっかく着物を着て山まで来ていただいたのに、花駒おどりはあえなく断念。
 そして対局、なかなか見ごたえのある演出そして対局。プロ棋士の方も、時代に入り込んだ話術で観客を沸かしてくれた。雨模様の中お疲れ様でした。
 追伸:でも皆さん、雨が降っても屋内で屋内用の演出で人間将棋は行いますから、安心してください。
 

 ああ雨天対策の巻


 平成7年4月役員、スタッフ誰にも苦悩の表情が浮かぶ。雨天のため室内にて決定したとたん、空は明るくなる。人間将棋が始まる1時頃には、快晴。「抗議の電話」がじゃんじゃんくる。がっくりうなだれるスタッフ。その当時は雨天の場合は甲冑武者の出番もなく、ただ大盤解説のみであった。お祭り目的の観光客はさぞがっかりしたに違いない。
 そこで、翌年、市民会館での室内演出を考える。2月からさっそく人間将棋用の将棋盤をつくる準備にかかる。将棋盤の大きさは、わかるのだが室内用をつくるため現場の将棋盤の線の太さといったデータを確認したい。
 しかしである。その年は大雪、舞鶴山の将棋盤は一面の銀世界であった。雪が消えるのを待っているヒマはない。我らスタッフはスコップ片手に舞鶴山の雪カキをした。ああスタッフの仕事はなんて幅広いの!
 そんな歴史(?)が雨天対策にあったことをお知らせしたくてついつづってみました。オチのない話ですみません。

 黒子の見た人間将棋の巻


 今年(平成12年の話)から黒子(駒武者を場所などを動かす役目)は足軽大将みたいな扮装をしていた。昨年までは本当の黒子だった。足軽大将を見て数年前に想いをはせていた。数年前、スタッフも黒子に扮することがあった。
 甲冑武者と記念写真を撮りたい観客、しかし武者が退場すると、「忍者(?)と写真撮ろう」と最後まで残っていた黒子に声がかかる。「黒子も悪くない」と思っていたが、本部席に戻ると笑いの対象になる。「似合いすぎる」らしい。
 当然のことながら黒子は将棋を指せないとできない。なぜなら、駒の動きがわからなければ、動きを指示することができない。しかし、頭の中に棋譜を書くほど将棋がわかるわけではないので、とりあえず「1ー4金」とか言われたら1ー4の場所にいってみる。そしてどの駒が動いてくるのか周りを見渡す。しかしこの方法には限界があった。角とか飛車だと動きが大きすぎてそこを往復する体力が…。もう一人の黒子は天童の名人といわれるH氏。さすがに動きが速い。しかも、対局が展開するにつれ、相手が取った駒をついたりすると赤と青で色分けしていた駒の法則がくずれ、頭は麻痺状態。やっと対局が終わる。「こりゃ仕事より頭使うわ」とはスタッフ黒子の弁。教訓:よく将棋を知らない人に黒子はむり。